1966年高校1年生の5月新聞の折り込みに「基督教講演会」のチラシが入っていました。それは4月から通い始めた高校の通学路に面した矢掛聖約キリスト教会(注:岡山県岡山市にある教会)特別伝道集会の案内でした。金曜日から3日連続で開催された集会で毎晩案内のために教会のスピーカーより音楽が流されていました。中学時代より吹奏楽や合唱に興味をもっていた私はこれまで聞いたことのない音楽に心ひかれました。印象的だった言葉が「我に来よとイエス君(きみ)は」でした。その賛美が私を教会に誘ってくれました。そして教会の玄関で中に入ろうか戸惑っていた私を「齊藤さんですね」と、やさしい声で中に招いて下さった高校の先輩。

今思い出し、どれもこれもが私をイエス様に出会わせようとされた神様の御計らいであったと確信しております。特別講演会では岩の上に自分の人生を立て上げようとのメッセージが語られ、将来の進路について考え始めた者にとって大変ふさわしい内容でした。その年の夏の高校生キャンプで同じ世代から励ましを受け、求道心が与えられました。さらに秋には病気のために手術を受ける姪のために祈るため、教会員と共にとりなしの祈り(注:他の人のために祈ること)をささげました。こうした霊的な養いを受けつつ、クリスマスに信仰告白を行い、キリストが私の罪のために十字架で死なれたことを受け入れました。洗礼は1967年の3月4日で、今年クリスチャン生活50年を迎えます。これまで主にある多くの出会いや交わりを通し豊かな恵みに満ち溢れ、感謝な日々を送らせていただけましたこと、心から神様に感謝しております。